製造現場で新しい設備や検査装置を入れたい。必要性は明らかなのに、稟議が通らない。差し戻される。あるいは「来期に再検討」で止まる。
装置を選ぶ仕事と、その投資を認めさせる仕事は、まったく別のスキルです。ここでつまずく技術者は少なくありません。
通らない稟議に共通する欠落
差し戻される提案書を見ていくと、書かれていないものはだいたい決まっています。
意外に思われるかもしれませんが、「必要性」が足りないケースは多くありません。むしろ必要性ばかりが熱心に書かれていて、他が抜けている。
決裁者が知りたいのは、次の3つです。
- なぜ今なのか。来期ではいけない理由
- 他の手段は検討したのか。買う以外の選択肢
- 入れたあと、誰が回すのか。運用の責任と体制
「困っています」「あると便利です」だけでは、この3つのどれにも答えていません。だから止まります。
1. 現状を、感覚ではなく数字で書く
出発点は現状の定量化です。ここが曖昧なまま先に進むと、後の議論がすべて空中戦になります。
書き方としては、「あるべき姿」と「現状」を並べて、その差を問題として定義するのが分かりやすいです。トヨタの問題解決手法の第1ステップと同じ形です。
- ❌ 検査に時間がかかっており、現場の負担になっている
- ⭕️ 検査工程のタクトが目標に対して超過しており、月あたり◯時間の残業が恒常化している
数字にすると、それ自体が「なぜ今か」の根拠にもなります。差が広がっている、あるいは限界に近いことを示せるからです。
2. 「なぜ今なのか」に正面から答える
稟議が最も止まりやすいのがここです。必要性が認められても、「必要なのは分かる。でも今期じゃなくていいよね」で終わる。
この問いに答えるパターンはいくつかあります。
- 先延ばしのコストを示す。1年遅らせると、その間に発生する損失はいくらか
- 外部の期限に紐づける。新機種の立ち上げ、顧客要求の変更、法規制の施行
- 納期を逆算する。装置は発注してすぐ動くわけではありません。製作、据付、立ち上げ、判定基準の作り込み。必要な時期から逆算すると、決裁の期限は思ったより手前にあります
- 既存設備の限界を示す。老朽化、部品供給の終了、能力の頭打ち
納期からの逆算は特に効きます。「今決めないと間に合わない」は、感情ではなく事実として示せる理由になります。
3. 効果を、工数削減だけで語らない
投資対効果の欄で、削減できる工数と人件費だけを積み上げた提案をよく見かけます。分かりやすい反面、金額が小さくなりがちで、投資額に対して見合わないという結論になりやすい書き方です。
実際の効果はもっと広い範囲に及びます。
- 不良流出リスクの低減。1件流出したときの費用は、回収、選別、対策、信用の順で膨らみます。発生確率が低くても、金額が大きければ期待値としては無視できません
- ライン停止の回避。停止1時間あたりの損失額は、たいてい既に算出されています
- 判断の属人化からの脱却。特定の熟練者しかできない判定は、その人が抜けた時点で工程が止まります
- 他工程・他機種への展開。同じ装置が別ラインでも使えるなら、投資は按分できます
ただし、数字を盛るという意味ではありません。算出の根拠を明示することのほうが重要です。「◯◯という前提で計算した」と書いてあれば、前提が違うという議論はできても、数字そのものを疑われることはありません。根拠のない大きな数字は、提案全体の信頼を落とします。
4. 代替案を先回りして潰しておく
「他の方法は考えたのか」は、ほぼ必ず聞かれます。ここで詰まると、検討不足という印象がついて回ります。
最低限、次の選択肢には答えを用意しておきます。
- 現行設備の改造で対応できないか
- 外注に出せないか
- 人を増やして対応できないか
- 何もしなかった場合、どうなるか
最後の「何もしない案」を書いておくのは有効です。比較の基準線になりますし、リスクを引き受ける判断をしているのだと決裁者に自覚してもらえます。
なお、代替案を検討した形跡を残すこと自体に意味があります。「買いたいから買う」ではなく「比較した結果これが最善だった」という構造にすることで、提案の性質が変わります。
5. 装置の選定基準を書く
複数メーカーから相見積もりを取った、という記載だけでは不十分です。何を基準に選んだのかが要ります。
検査装置であれば、必要な性能を満たすことは足切り条件であって、比較の対象ではありません。候補が複数残ったときに判断を分けるのは、こういう項目です。
- タクトタイムに収まるか。測定時間だけでなく、搬入・位置決め・搬出を含めたサイクル全体で見る
- 過検出はどの程度か。良品を不良と判定する装置は、再検査の工数を生み、やがて現場に信用されなくなります
- 日常点検が簡易か。手順が複雑なものは、忙しい日に省略され、形骸化します
- メンテナンスが自社で完結するか。校正のたびにメーカーを呼ぶ必要があると、費用と停止時間が積み上がります
6. 導入後の運用まで書いて、はじめて提案が完成する
最も抜けやすいのがここです。そして、経験のある決裁者が最も気にする部分でもあります。
導入直後は、検討した本人が近くにいるので何とかなります。問題はその後です。異動や退職でその人がいなくなったとき、その装置は正しく使われ続けるのか。
提案書には、少なくとも次を書いておきます。
- 日常点検の内容と、担当する部署
- 校正の頻度と方法、それにかかる年間費用
- 判定基準を誰が管理し、変更するときは誰が承認するのか
- 故障時の対応と、メーカーのサポート期間・部品供給期間
- 標準化と、他工程への横展の見込み
ランニングコストを正直に書くと投資対効果が悪く見えるため、伏せたくなるかもしれません。しかし後から発覚するほうがはるかに問題になりますし、書いてあること自体が検討の深さの証明になります。
A3にまとめるということ
ここまでの内容を1枚にまとめると、おおむねA3資料の形になります。
A3という制約には意味があります。1枚に収まらない提案は、たいてい論点が絞れていません。問題の定義が曖昧か、効果の根拠が弱いか、代替案の検討が浅いか。書けないのは紙が小さいからではなく、考えが整理されていないからです。
逆に言えば、1枚に収める作業そのものが、提案を鍛える工程になります。
まとめ
- 止まる理由は必要性ではなく、「なぜ今か」「他の手段は」「誰が回すか」への答えの欠落
- 現状はあるべき姿とのギャップとして定量化する
- 納期からの逆算は「今である理由」として最も強い
- 効果は工数削減だけでなく、流出リスクと属人化の解消まで含める。ただし根拠を明示する
- 「何もしない案」を含めて代替案を先回りして潰す
- 導入後の運用を書く。属人化した設備は、担当者が去った時点で機能を失う
提案書の骨格については、トヨタの問題解決手法の記事も参考になります。